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2004.01.24

『新選組!』と史実

 先日、新聞のテレビラジオ欄に、こんな様な内容の投書があった。
「近藤勇が黒船をXXと一緒に見たのは史実ではない。失望した」

 投書した人が、NHKの大河ドラマ『新選組!』に何を求めているのかは分からないけど、ドラマに、特に歴史に関するドラマに「歴史に忠実・正確」を求めるのはむごいことだと思う。
 たとえば、その人が『大岡越前』や『水戸黄門』を見て、同じ投書をするだろうか?
毎回毎回、どこぞの悪代官や極悪商人を裁いていたり、全国を行脚していたり、実際には無いことをドラマにしているのだが。歴史上存在した人物であることには違いない。
 いずれも、それが分かっている上で、虚構として物語を構成しているわけ。あらかじめ虚構と知っているから文句が無いだけなのだろう。
 それでは『新選組!』はどうかといえば、やっぱり虚構なのだ。歴史に忠実にドラマ化して欲しいという気持ちは分からないではないが、さて、忠実とは何かが問題である。
 例えば、近藤勇の発した一言一句がそのまま記録されているとか、その日歩いた経路がすべて明らかになっていて、誰と会い、どこで刀を振り、飯を食ったか、が分かっているいるなら別だが、それではドラマにならないのだ。自分の生活自体が他の人から見て面白く、興味ある事ばかりではないからだ。

 ドラマだから、TVだから、というのなら、小説はどうであろう。
 どこの誰が、吉川英治や司馬遼太郎が書いた新選組に関する小説が史実そのままだと思っているのだろうか。それぞれの場面で登場する人物が発する科白が、行動が、歴史上正しいなんて、誰も言えないのである。著者のバイアスがかかっている筈だし、記録されていない部分はまさしく虚構なのだ。
 そう言う意味では、本当の歴史なんてあるの? ということだ

 歴史に関するドラマを見たり読んだりするためには、あらかじめそこを押さえておかないと、実はとんでもない方向にもっていかれてしまう恐れもある。

 まして、今回の『新選組!』の脚本は三谷幸喜氏だ。ドラマの中の「くすぐり」がホントにあった事とお思いか? 
 まさか、大河ドラマのオープニングに「このドラマは史実そのままではありません」なんてテロップを入れるなんてことにならなければいいが(笑)

(僕は歴史に疎いので、大岡越前、水戸光圀、新選組の実際の所はよく知らない(笑))

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コメント

出来事だけが事実ですね。
その間を埋めるのが作家の想像力だと思います
作家の想像力を選択するのが読者ですけど、その作家も読者も、いまを生きているので今の文化文明の内での想像ですからね。
見たり、聞いたりしたことが心地よければよしとしましょう。

投稿: カンダススム | 2005.03.16 22:57

出来事だけが事実ですね。
その間を埋めるのが作家の想像力だと思います
作家の想像力を選択するのが読者ですけど、その作家も読者も、いまを生きているので今の文化文明の内での想像ですからね。
見たり、聞いたりしたことが心地よければよしとしましょう。
もし竜馬が自分の身内だったら迷惑かもしれませんね。

投稿: カンダススム | 2005.03.16 22:59

カンダススムさん、こんにちは。
極論してしまうと、たとえ行状が記録されていたって、記録した人の立場や考え方が反映されているかもしれませんし。
多くの人が同じ出来事について記録しているのならば、客観的な(もっとも事実に近い?)モノが得られるかもしれませんね。
なにしろ、普通の文章だって、読む人によって異なる印象を持ったり、判断したりしますもん。
また、おっしゃるとおり、現代に生きている人がその時代の人々の生き方を想像しているわけなので、特に小説やドラマなんかではなおさらですね。

投稿: みそがい | 2005.03.17 23:49

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みそがいの防戦一方 『新選組!』と史実を読んで、コメントしようかと思ったけど話が広がりそうだったのでトラックバックします。  「史実」いわいる「歴史上の事実・真... [続きを読む]

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