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2005.01.14

『恐怖』 筒井康隆著 by 頑固な文庫読者

さてさて。
本当はメインHPでやりたいのだが、更新が滞っているのでこちらで先行して書いていくことにした。
登場する本は、文庫本だけ。(98%当社比 (爆))

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筒井 康隆著: 恐怖(文春文庫)

作家である主人公の住む町で起きた連続殺人事件。
文化人が殺人ターゲットである様相を示し、主人公は恐れおののくこととなる。犯人、トリックを組み立てながら、それでもなお恐怖の中にあることを認識する。

人はいろいろな感情を持っている。恐怖もその一つ。
さすがというか、筒井康隆らしいというか、本書の中程に「恐れの分類」という章がある。「驚愕」「戦慄」「仰天」。状況によって本来は使い分けられるもののようである。ここだけ読んでも十分に面白い。

恐怖がもたらす生活の変化は、端から見ると滑稽である。なぜなら、恐怖とは感じる本人しかわからないからだ。同じように恐怖を感じる人物が登場するけど、それを理解する所には至らない。

生まれた時から人間は感情に支配されている。快と不快という切り分けから、嬉しい、楽しい、つらい、悲しい、暑い、寒い、美味しい、痛い、などなど。それこそたくさんの感情の中で、恐怖ほど根源的なモノはないと見ている。だから、恐怖を感じていない場面をみれば、必ずそれを忘れさせるだけの行動をとっているわけだ。

こんな場面を思い出した。
『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍著)のなかで、「シッタータ」はエレベータの中で孤独(と恐怖)を感じて思わず叫んでしまう。悪の化身とされる「あしゅらおう」に、「孤独であるよりも悪とともにあった方がよい」と言われる。
つまり、負の感情を抑え込むためには、たとえ負のイメージであっても共有することが役に立つのである。これは主人公が恐怖の象徴である人形と対話する場面として現れる。

恐怖がなぜ恐怖なのか。おそらく、生きていく上で最も意識したくない「死」への近道だからだろう。何かに驚いたりするだけで、我々は心臓がえらくドキドキするし汗もかく。意識としてはのぼってこなくても、脳はそのたびに「少し早い死=恐怖」を感じている。

筒井康隆著
文春文庫 ISBN4-16-718113-4
本体448円+税

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