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2005.03.27

『彌太郎さんの話』 山田太一著 by 頑固な文庫読者

山田 太一著: 弥太郎さんの話(新潮文庫)
山田 太一著: 弥太郎さんの話(新潮文庫)

 他人の話はどこまでを信じることができるのか。

 子供の時に知っていた男。突然行方不明になり、30年近く経って「話がしたい」という。その話は真実なのか、空想なのか。

 物語の内容はともかく、著者の小説は「会話」を読ませるところにポイントがある。普通の会話。そのまま実際の生活の中で使われているとしても不自然ではない感じがする。相づちや間合いがあって、まさしく会話である。でも、なにかが引っ掛かる。

 僕がよく覚えているのはTVドラマの『ふぞろいの林檎たち』の中の会話であるが、紙の上でも「あの感じ」が出現するのだ。

 実際にありそうな会話だけど、なにかしら別世界の予感。自分の周りには無い波長。

 物語では、行方不明だったときの彌太郎さんの話を聞いてゆく。受け取る「私」は、それが真実なのか、空想の産物なのかを決めかねている。それでも、(物語上の)現実では私と彌太郎さんの間には微妙な関係が生まれてくる。

 明らかにされる話は本当にあったこととは思えないのだが、そのまま放って置くことができない。しかも、最後にははっきりしないままになってしまうのだ。
 これは物語が途中で放棄されているといってもいい。

 現実では、たくさんの情報を受け取り、そして捨てていく。
 彌太郎さんの話を聞く者は、受け取るままで捨てることができない。30年近くという時間の重みが凝縮されすぎて、手に持つとズブズブと皮膚を溶かして肉の間に染みていくようなもの。染みは少しだけぼやけるけれど、いつまでもあり続ける。

 正直言って、物語の終わり方は「?」
 そのかわり、この手の染みを見ながら、話されなかった物語が持つ重さを引きずっていく効果は十分にあるといえる。
 おそらく、物語を求める人にとっては少々つらいのではなかろうか。かくいう自分は、そうなのである。

『彌太郎さんの話』
山田太一著
新潮文庫 ISBN4-10-101826-X
本体514円+税

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