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2007.04.15

『フェルマーの最終定理』 サイモン・シン著 by 頑固な文庫読者

サイモン シン: フェルマーの最終定理

 数式の内容は簡潔。でも、3世紀に渡り証明するに至らず。

 ピタゴラスの定理のべき数を一つ以上大きくしただけで、もはや手のつけられない難問になる。この定理を投げかけたフェルマー自身の証明は残っておらず、その後懸賞金までかけられるほどに。

 数学に親しみはなくとも、この式の潔さは分かる。背後に控える遠大な証明までの道のりがあろうがなかろうが、そんなことは問題ではない。

 数学における証明とは何か、という問いに対する一つの答えには、

 「πが無理数だと知ったところでなんに役にも立たないだろうが、知ることができるのに知らないでいるなんて耐えられないではないか」 (pp241-242)

 とある。昨今の雑学ブームの根本と似ているではないか。人が元来持ち合わせている好奇心や知識欲が数学(に限らずすべての学問的分野)の原動力になっているのである。

 幾人もの数学者が山を崩せずに去っていった定理を、一人で挑むアンドリュー・ワイルズ。子供の頃からの目標がフェルマーの最終定理を証明することだというから、筋金入りである。歴代の挑戦者が試みた方法を検証し、同時に発展してきた数学の新しい分野も貪欲に取り込む。後から考えてみれば当然の道筋なのであるが、まっただ中にいる者にとっては暗闇で手探りすることさえ困難な状況である。

 転機は、「谷山=志村予想」と「フェルマーの最終定理」がつながることであった。
 本書ではp271から具体的な物語が進行するが、何の関連もない事柄がとてつもない結末を示唆するという場面に出くわす。なんとも目頭が熱くなる瞬間。日本人がここで重要な役割を持っていることが誇りに思える。
 あとがきにも書かれているが、ワイルズもえらいが、この部分をしっかりと記述してあることに本書の真摯な姿勢がうかがえる。

 ワイルズが一旦「証明した」後、問題点が発覚して苦悩の日々が続く。いくら頭をひねっても解決の目処が立たないときの精神状態はいかほどのことか。自分が作り上げたものを、その足下がじわじわと崩れていく感覚と必死に土を盛っていく感覚のせめぎ合いなのだろうか。

 晴れて、証明が完成したとき、夢は終わったのだろうか。
 あまりにも大きな夢は、叶えてはいけないものなのかもしれない。実は、そこまでが充実した日々であって、再び燃えるような日々が訪れるのかは匹敵する問題を見つけられるかどうかにかかっているのだから。

 ワイルズにとっては、それは今後3世紀に渡って数学者を苦しめた問題であってはならないだろう。人生には限りがあるのだから。
 でも、苦悩の日々が数学者にとっての喜びであるなら、それはそれだけど。

 数学の素人でもわくわくするような、未解決問題が証明されたと報じる記事を、またいつか読むことができるだろうか。そう考えただけでも、なんだか嬉しいような気がする。数学だけでなく、物理や化学でもかまわないが。

『フェルマーの最終定理』
サイモン・シン著 青木薫訳
新潮文庫 ISBN4-10-215971-1
本体781円+税

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