『医学と芸術展』 を見る
少し前にこの展示があるのを知って猛烈に見たくなり、実家立ち寄りのついでに。
場所は、六本木ヒルズの森美術館。
六本木ヒルズは、以前自転車で来たことがあるけど、それ以来。
だいたい、こういう所には近寄らないようにしているので(笑)
それはそれとして。

人間の体がどのようにできているのか。
それを掘り下げていくために、どのような道筋があったのか。
病や怪我を治すためにはどうしたらいいのか。
生と老いと死、命とは何か。
そして、生命に手を加えるとはどういう事なのか。
単なる展示品にとどまらず、それらの訴える事がなんなのかを受け止めるのにものすごくエネルギーが必要だった。
人は必ず死ぬ。
定めだ。
だからこそ、自分がそこに向かっていることに対して目を背けてはいけない。
あっしにとって強烈な印象を投げつけてきた作品。
「どこからでもない議論」
7m位の板にサンドペーパーが貼られ、表面は乾いた白い粉状のもので覆われており、その白さには場所によってムラがある。
その白さの源とは、、、人間の骸骨。
骸骨をサンドペーパーで削っていったのである。
気が遠くなる作業。そして、実体が遠くなる作業。
人は命を失ってしまえば、単なる物質に戻ってしまうということを示している。
それが芸術として成立するのであれば、人が人を愛おしいと思うことを否定することにつながりかねない。
そういう微妙な、非常に微妙なところで生と死と芸術が絡み合っているのがわかる。
「ライフ・ビフォア・デス」
不治の病で死ぬ運命にある人の、生前と死後の2枚の顔写真。
何をもって、生と死を区切ることができるのか。
写真を見ただけでは、その境界を知ることはできない。
でも、並べられた写真が、厳然とある境界があったことを知らしめる。
たとえ、1歳とすこしの子どもの顔、80歳を越えた女性の顔など、それぞれの生命の長さが異なっていても、等しく存在する境界。
「ゲーム・ボーイズ・アドヴァンス」
一見すると、二人の子どもが壁により掛かってゲームボーイで遊んでいる。
しかし、顔や腕はハリが無く、もはや死期が近いことを匂わせる。
この子どもはクローニングで生まれた想定で、姿は子どもではあるが細胞の寿命はあとわずかしかないのだ。
人間がクローン技術をもってしても、人の命をいじることは何者かの力によって限界を突きつけられているような気がする。
最初から最後まで、じっくりと見よう。
日頃考えないようにしている生と死を、ちょっとでも日の当たる場所で考えてみる、というのも有りだと思う。
さて、今回は森タワーの展望台にも行ってみました。


スカッと晴れていて、景色が良かったなぁ。
まぁ、あっしみたいなのと煙は高いところが好きなようで(笑)
医学と芸術展 … 生命の愛と未来を探る - ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト
森美術館 六本木ヒルズ森タワー53階
2月28日まで
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