『写楽展』を観る
5/14に観に行った写楽展について。

昨年、『その名は蔦屋重三郎』を観た。
写楽の浮世絵版画は、その蔦屋重三郎版元から出された。
なんといっても、大首絵の衝撃は現代であっても同様だと思う。
写楽といっても、あっしの記憶に有るのは「写楽(しゃがく)」という写真雑誌の創刊でYMOが…、なんてことを書くと年齢がばれますけど。
いやいや、写楽の名前と大首絵は知ってましたけど、その作品が四期に分けられているとは知りませんでした。
この展覧会では、そのほとんどが展示されています。
あっしにとって、観るべきものは第一期のもの。
正直言って、他は「これも写楽なのか」という感想しかなく、衝撃度からすれば第二期~第4期のものは有ってもなくても写楽に対する印象は変わらない。
チケットにもなっている「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」なんか、これぞ写楽、というもの。
今では貴重な美術品となってしまっているが、元々は比較的安い値段で大量生産された娯楽品。
公式HPの記載からすると、1枚はせいぜい500円程度。高いものでも数千円だったとか。
現在だって、ポスターなんかはその程度だろう。
ただ、あっしがポスターを買うかと言われると考えてしまうけど。
話は戻るけど、なぜ大首絵なのか。
大首絵に描かれているのは上半身。それも胸下あたりまで。
デフォルメされた顔。
腕や指先。
それだけなのに、何故だか全身が見えるような気がするのだ。
視線の先、顔の向き、胸の角度、腕が伸びる先に。
動きの一瞬を捉えた(ように描かれている)絵が、自分の記憶の中にある人間の姿を引き出してくれている。
そこに無い部分は、無いのではなく、紙の上に描かれていないだけであって、あるのである。
だから、大首絵に惹かれるのであって、動きのある全身像が逆に動いていないように見えてしまうのだ。
あぁ、十分十分。
これだけ観られれば十分だ。
もちろん、写楽とは思えない写楽を観られるのも、また面白いと言えるけど。
『写楽展』
東京国立博物館
2011/06/12まで
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