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2012.05.29

『壊れかた指南』 筒井康隆 by 頑固な文庫読者

筒井 康隆: 壊れかた指南 (文春文庫)

 これは読者罵倒の小説である。

 短編集の中の『耽読者の家』を読み、そう思った。

 表面上は男ふたりが近代の古典を読み続ける、というだけの話で、ラスト近くで一人の女が加わる。特に事件も起こらず、半ば古典紹介小説とでも言うべき内容にも見える。

 バルザック、ジャック・ロンドン、ニコライ・バイコフ、サマセット・モーム、エミール・ゾラ、トルストイ、…。

 自分にとっては、名前だけは聞いたことがある、あるいは、小説の題名くらいは記憶に有る、という程度の情報しかない。

 登場する人物は読書することを生活とし、その他は読むための雑事にすぎないという不思議さ。いつのまにか季節は過ぎていく。加わる女も同様に読書を生活とすることになるのだが、互いに強く干渉することは無く、ただただ読書をするのである。

 おかしい。
 どこかおかしい。

 読み終わってすぐに感じたのは、これは完全に現実感のない話だということ。
 少なくとも現代に生きる人々には、どう転んでもなしえない生活。
 かといって、過去であれば近い生活ができるのかといえば、おそらくそんなことはなく、生きていくことが主で読書することは従となるはずだし、やっぱり現実感はない。

 では、この小説がそういう現実感の無さを表現することを意図していたのかといえば、これまた違うのだ。

 出てくる小説家やその著書はおそらく筒井康隆本人は読んでいるのであろう。それを前提として考えれば、この短篇を読む者に対して「これは読んだのか?」「これだって読まねばならぬものだろう」という投げかけをしていると見るべきでなのではないか。

 裏を返せば「読んでないのか?」「なんで読まないのだ」という責めであって、その先には著者お得意の「罵倒」が隠れているのではないか。

 小説を読むには、大なり小なり読者に対してある程度の共通する読書経験が要求される。それは読むこと自体のスキルを上げるとか、物語の組み立てを把握できる能力だけではない。

 先行する小説を知っていなければならないことも含まれるのだ。

 これは著者からすれば、ある小説を書いたとき「古典を読んでいなければ、この小説の面白さは伝わらない」ということに対する叫びなのかもしれない。

 だからこそ、読者を責め、罵倒することによって(この短篇ではそこまで直接には表現されていないけれど)、それを知らしめているのではないか、と。

 しかし。
 既に著者は気がついている。
 この舞台の設定のように、それに現実感がないことを。
 そして、読者が古典を読んでいるという前提が成り立たなくなっており、著者が書く小説もまた前提とする世界として使えなくなっていることを。

 …、と深読みしてみました。


『壊れかた指南』
筒井康隆著
文春文庫 ISBN978-4-16-718116-1
本体600円+税

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