『特別展 美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年』 (東京国立近代美術館)を観る

昨年の11月某日。
皇居内を散歩して、三の丸尚蔵館で『鎌倉期の宸筆と名筆』を観た後、その脚ですぐそばの国立近代美術館へ。
前回ここに来たのは『岡本太郎展』だったかな。東日本大震災のあとだ。
その前はなんだったかな。確か、『手塚治虫展』なんていう(近代美術館としては)驚くべき特別展もあったっけ。
さて、今回の展示はその名の通り、日本近代美術を広く浅く、しかも人気のある作品ばかりを全館あげて展示するという力の入ったもの。
いつも思うのだが(けっこう繰り返してブログでは同じ事を言っておりますが)、人気があるとか、有名な人の作品だから、ということが、則ち自分にとっても心に刺さる作品かといえば、そうではない。ところが知らなかった個人の作品展だって、思いがけず気持ちを揺さぶるものにぶつかることもある。
だからこそ、ここ最近は実際に足を運んで実物を観る、ということに熱心になっているともいえるし、こういう多くの画家の作品を採りあげる展示で「何かしら」引っかかる部分を見つけ出すのも、そういう意味で楽しみでもある。
今回の中では、
・『三遊亭円朝像』 鏑木清方
本人がどんなかは見たことないけど、威圧がすごい。頭上の空間がたまらない。
・『母子』 上村松園
だれでも、どの世代でも共有できている想い
・『虫魚画巻 夜露』 小茂田青樹
夜露によって浮かび上がる蜘蛛の巣。人はそのもの以外からそのものを推し量る力をもっている
(リンク先の図版ではちょっと分かりにくいですが)
・『南風』 和田三造
肉体の持つエネルギーは、ときに自然の力よりも大きい。
・『金蓉』 安井曽太郎
不可思議な存在感。
といったところが、グッと来ました。
こう言ったらナンだけど、けっこうベタな選択だなぁ(笑)
他にも「おっ」と思うモノはあったんですが、これらと比べると、あっしの場合には印象が薄くなってしまう。
今回の展示のあとには別会場で「実験場1950s」という戦後からしばらくの間の前衛芸術ともいえる作品群が公開されていた。
広島長崎の原爆投下による被害や、労働争議、社会不安などなど、その時々を象徴する現象がそれぞれ作品に形を変えていく。
混沌。
なんだか、あっしにとっては許容範囲を超える世界だったので、なにがなんだか分からない。
それは記録なのか、記憶なのか、芸術なのか。
それらが曖昧になって、ひとつの器の中からはじけ飛んできたような感じ。
ホント、パワーは感じたけど、圧倒されてヘトヘトになった。
と、いうことで、前半ワクワク後半ヘトヘト、というのが今回の結論であります(笑)
ところで、途中で気がついたのだけど、今回の前半の展示は、基本的に撮影可だったようです。
何人かが、パシャパシャとシャッターを押してましたし、それをとがめる学芸員もいませんでした。
それならあっしも上に挙げた作品を撮っておけば良かったかな?
ちょっと違う気もするが。
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