『水から生まれる絵 -堀井英男の版画と水彩-』 (茨城県近代美術館)を観る

これまた昨年の12月某日。
茨城県の美術館年間パスポートを持っているので、使えるときには使いたい。
とはいえ、気軽に行けるのは千波湖の畔にある茨城県近代美術館くらいだけど(汗)
今回の企画展は堀井英男という人の版画がメインで、後年は水彩画も多く手がけたらしい。
らしい、というのは、美術素人のあっしは、名前も聞いたことのない人だったから。
没後(1994年没)、美術館で行われる大規模な回顧展としては初めてということなので、ある意味、知る人ぞ知る、ということなのかも。
まず驚いたのが、会場の半分以上を占める版画(エッチング)作品のほとんどが同じモチーフ「人形」(デッサン人形みたいな感じの)を取り込んでおり、それが一人であったり二人であったり、様々なポーズや位置であったりと、今まで観たことのある個人の美術展では無いパターン。
その人形が、人形自体が何を表しているのかは分からないけど、あるときは窮屈に、あるときはのびのびと、またあるときは苦しそうにしている。
背景はあっさりとしているので、やはり表現したいのは人形が表現している状況なのだろう。
後半のスペースでは水彩画がまとめられていた。(水彩画は多くが初公開とのこと)
この水彩画もモチーフがほぼ決まっていて、それは「顔」。
苦悩なのか、悦びなのか。
四角いカンバスの中に、目や鼻や口やを所狭しと並べている。ぱっと見、顔ではないが、それぞれのパーツを確認していけば、顔が描かれていることに納得する。
目から涙を零しているようにも見えるし、遙か彼方に焦点が合っているようにも見えるし。
たぶん、それらを推し量るだけの鑑賞力が、あっしには無いのね(汗)
まぁ、無いなら無いなりに感じればいいんだろうけど。
版画も水彩画も通底しているのは、人間の置かれている状況の不条理さ、とでも言うんでしょうか。
いずれの作品も、人形なり顔なりが四角い箱の中に閉じ込められていて、決して飛び出すことができない。中の人は、そのことさえ気付かずにただただ悶え苦しんでいる。
かな。
小説と同じように、絵だって誤読する自由はあるんだから、いいじゃんか(笑)
『水から生まれる絵 -堀井英男の版画と水彩-』
茨城県近代美術館
(2012/11/3~2013/1/20)
(2013/4/5~5/6 八王子市夢美術館)
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