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2013.08.27

『大正ロマン昭和モダン展 竹久夢二・高畠華宵とその時代』 (八王子夢美術館) を観る

横浜で『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』を観た後、JRの横浜線に乗って、桜木町から八王子駅まで約一時間。

八王子駅から斜めに延びる小径を突き当たりまで10分ちょっと歩くと、その美術館はあるはずなのだが、なんだかあまりそういう雰囲気ではなかった。茶色い大きなビルのロビーの少し奥に、小さな看板があって、エレベータで2階に上がると大きな看板と共に美術館の入口があった。

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もう、いつだったか覚えていないけど、東京大学のすぐそばにある弥生美術館・竹久夢二美術館で、大正から昭和の挿絵やら、雑誌やら、附録やら、掛け軸やら、を観てからというもの、そういった時代に活躍した人の作品に心が引っ張られている。たぶん、このブログをチェックしている人ならば、分かっている人も多いだろうけど(笑)

この『大正ロマン昭和モダン展』というのは、長期にわたり全国を巡回している展覧会らしく、検索してみるとあちこちの美術館で開催されている。茨城では4年前に茨城県天心記念五浦美術館でもやっていた。そのときに気がついていればなぁ。わざわざ八王子まで行かなくたって…(笑)

それはそれとして。

この長期間巡回している、というところがポイントで、弥生美術館・竹久夢二美術館から貸し出されている作品を含めて、軸などの一品ものに関してはあまり目にする機会がないということなのだ。

だから、実際にここで観た竹久夢二や高畠華宵の作品はどれもあっしが初めて観るものばかり。
特に嬉しかったのが、華宵の肉筆画が多数あったこと。
そういう意味では貴重な作品だらけだったなぁ。

さらに、橘小夢、蕗谷虹児、中原淳一、岩田専太郎、松本かつぢ、小村雪岱など。

ほかにもいたけど、それはあっしの趣味に合わなかったので名前は挙げません(笑)

びっくりしたのは、大倉九節という人の「花かんざし」という本の挿絵。
これがまぁ、中原淳一の「娘十二ヶ月」シリーズなどにみられる着物の娘そっくり。
しかも、図録には載っているのに大倉九節なる人物の素性が書かれていない、という摩訶不思議な状態。
この人、検索してもあまり情報が無く、国会図書館の蔵書でも1件しかヒットしないので、本当は裏方さんなのかもしれないなぁ。
(他にも、ひろし、という人の楽譜絵も蕗谷虹児風?という微妙な感じで、この人物も素性不明)

この中原淳一の絵に似た作品は、その後に昭和館で開催された「中原淳一展」で謎解きの一端があり、おそらくこれは「ニセジュン」という中原淳一の絵柄を真似た戦中戦後のニセモノ作品群のひとつらしい。
いやはや面白いものだ。

規模の小さな美術館ながら、なんだかお腹いっぱい。
来た甲斐がありました。

『大正ロマン昭和モダン展 竹久夢二・高畠華宵とその時代』
八王子夢美術館
2013/02/01~2013/03/24

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2013.08.24

ひたちなか祭り花火大会2013 にて

朝から調子悪く、薬を飲んでなんとか会場の金上駅そばの自衛隊へ。

一時間前くらいに到着したので、既に会場は場所取りがおおかた済んでいる。
それでも、植栽の前に小さく空いたスペースを見つけて、人のいないブルーシートの後ろで三脚などを準備。

そうしたら、その場所取りをした人がやってきて、なんとキャンピング用の椅子を並べ始めるではないか。

「えっ!」

と思わず声を出してしまった。
まぁ、その人達とお話しして、少しだけ前をあけてもらって一件落着。

打ち上げ開始まで、グッタリして少しウトウト。
なんだか気分が乗らないまま、花火に突入してしまった。


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とりあえず、その中の一枚だけ。

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2013.08.23

『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』 (横浜美術館) を観る

すっかりごぶさたでございます。
このところ、まったく更新する気力も体力も、その他諸々が遠くに行っておりまして…。

何人かの方から「ブログが変わってないんですけど」とか「更新しないの?」とか(笑)

ということで(ってどういうことで)。

さて、かれこれ半年ほど前。
まだまだ寒さ厳しき折。
横浜にある横浜美術館で開催されていた展覧会を。


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『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』

ロバート・キャパといえば、「崩れ落ちる兵士」という写真で知られ、かくいうあっしも、それはキャパと一心同体ともいえる感じがしている。また、「ノルマンディー上陸作戦」のぶれた写真も有名であり、戦場写真家というくくりでは第一にあげられる名前がキャパであろう。

あっしがここに足を運ぶ前、実は雑誌「文藝春秋」に沢木耕太郎氏のキャパに関する考察が掲載された。

「キャパの十字架」

キャパの評伝を翻訳していたり、写真集の解説を書いていたりと、沢木氏とキャパの関係は深い。もちろん、時期的に直接の面識は無いのであるが。

「崩れ落ちる兵士」という写真は、スペイン内戦において人民戦線の兵士が頭を撃たれて将に倒れ落ちる瞬間を撮ったものとしてグラフ誌が掲載したもので、多くの人がその驚異的な瞬間をキャパの名と共に記憶することになった。

しかし、沢木氏の考察は、結論としては「演習場面でたまたま足を滑らせた兵士の瞬間をゲルダ・タローが撮ったもの」としている。もちろん、地道な証拠の積み重ねからくるものであって説得力のある内容である。沢木氏の成果だけではなく、疑問を投げかけていた数多くの先人が解明段階にあった成果も含めてである。驚くべき内容!
(なお、あっしがこの展示を観た後、NHKで沢木耕太郎ドキュメントとして放送されたので、それを見た人も多いだろう)

ということで、あっしはこれを読んだ上で、ロバート・キャパ、ゲルダ・タローという二人の戦場写真家の足跡を辿ることにしたわけ。

キャパがキャパになる前。
フリードマンという名であったとき、ゲルダ・タローの組んで架空のカメラマンであるロバート・キャパという人物を創造することで、自らの人生が開けていく。良くも悪くも。

キャパが何を語らなくても、写し込まれている人物が語り出す。
理不尽さ。不条理さ。戦争の意味の無さ。

ゲルダ・タローは最初の女性戦場写真家と呼ばれている。
四角い写真は時間を追う毎に戦争の悲惨さを露わにしていく。

なにしろ、モノクロでぐいぐいと迫ってくる写真には、既に遠い過去となっている戦争と翻弄される人間が時間を止めた状態でいる、のだ。

キャパ、タロー。
二人はいずれも戦場で死んだ。
写真家は、被写体の時間を止めたように、自分の時間も止めてしまった。

今、氾濫しているカメラで意識せずに時間を止めている我々は、そのこと自体に全く気を留めていない。
そんなことを、ちょっと考えた一日。

『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』
横浜美術館
2013/01/26~2013/03/24

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