『生誕100周年記念 中原淳一展』 (日本橋三越) を観る

えー、っと、予告編から半年以上経過(汗)
どうもすいません。
思えば、中原淳一を知ったのが、昨年の5月ごろでした。
それから今年の前半まで、いろいろと資料を買い漁ったり、いくつかある企画展を観てみたりと、していましたねぇ。
全く知らない世界。
中原淳一は、女性がより良く生きるための手助けを、絵や服飾や生活の方法などを示してきた。自らがそのための雑誌を立ち上げたり、実際に実践するための店舗をやっていたときもある。
それが現代にもつながっているか…、と考えると、よく分からない。
しかし、中原淳一が活躍していた時代が全く存在しなかった、と仮定してみると、現在の風景がもっと先にならないと出現しないんだろうなぁ、とは思える。

当時、服飾は、いわゆる出来合いのものではなく、布を買って家庭で縫ったり、専門の業者に依頼していた。なので、雑誌の特集では「型紙」が綴じられていたりしたそうだ。もちろん中原淳一も洋服を縫ったり、型紙を発表していて、大変な人気だったようだ。
で、これは当時の服を再現したもの。
会場いっぱいに、数々のデザイン画が掲げられているが、どれもこれもカッコイイ。
中原淳一のティーンエイジャー向け雑誌『ジュニアそれいゆ』では、小さな部屋をどのように使うか、といった特集もあり、当時の雰囲気を再現した部屋があった。

3畳くらいのスペースに小さなテーブルに椅子、本棚が三つ。
どうやって寝るのか分からないけど、本が沢山あることに目がいってしまう。
元々、中原淳一は、子供の頃から良い物語と接して欲しい、と考えていたから、それを反映させたものなのだろう。
そういう名作物語に描いた挿絵のドレスを再現したものも展示されていた。

説明書きを撮らなかったので違っているかもしれないが、おそらく『七人のお姫様』という、白雪姫、人魚姫などを中原淳一が1冊にまとめた本の表紙を飾るドレスのようだ。
もう、そういう時代ではない、と言われてしまえばそうなのだが、ゲームやネットが作る世界が人間を形づくる年齢にとって相応しいのかどうかと、今一度考えるべきではないのだろうか。
展示とは関係ないけど、そんなことを考えてしまった。
さて、

会場近くには、芸能人や関係会社から、お祝いの花が届けられていた。
展示会場の最後には、沢山の関係者が書いた(あるいは描いた)色紙が沢山並べられていて、未だに影響を受けている人が多いことをうかがわせる。
それは、中原淳一が目指していたもの、そして、そのために描き、作り出していたものが、多くの人の生き方に入りこんでいることの裏返しなんだろう。
きっと、そうなのだ。
ところで。
借りた音声ガイドのヘッドフォン装着する際、いきなり壊してしまい交換するハメになったことは、あっしと係のお姉さんだけが知っている…。けっして、あっしの頭が大きかったり、耳のカタチがトンガっていたりしたわけではない(笑)
『生誕100周年記念 中原淳一展』
日本橋三越
2013/02/06~2013/02/18
なお、この記念展は既にこちらで書いたように巡回していますが、横浜のそごう美術館も行きましたので、追ってアップします。(いつか(笑))
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