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2014.01.13

『生誕100周年・没後30周年記念 中原淳一の生きた戦中・戦後 ~少女像にこめた夢と憧れ~』 (昭和館) を観る

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去年(2013年)、中原淳一は生誕100年、没後30年にあたり、既に大きな巡回展が開催されていた。

昭和館のこの企画展も、あっしが情報を見つけた当初は巡回展の一部かと思っていたのだが、全く方向性の違うものであった。

さすが昭和館(笑)

中原淳一の生い立ちについては、一通りの説明はされている。しかし観るべき所は、昭和館ならではの視点による中原淳一である。

それは戦争の前後。

たとえば、表紙絵を描いていた『少女の友』から降板を余儀なくされたり、服飾の統制や配給制への切り替え、さらには、自分自身の出征もあった。

こういう流れの中で、おそらく中原淳一の考え方は変わっておらず、女性がより良く生きるには、という点はぶれていない。

『少女の友』の降板に関しても、雑誌の中からは消えたかもしれないけれど、慰問用の絵葉書にはしっかりと淳一スタイルのイラストが生きている。
防空服の型紙についてくるイラストだって、そうだ。

軍部がなんと言おうと、求めている人びとには応えるべきと、考えていたのだろう。それは自らの求めるところの裏返し。
実際に、中原淳一の慰問用品は戦地の人びとにとっては歓迎されていたそうだ。

さて、繰り返しになるが、昭和館の面白いところは、やはり戦争とは切り離せない展示なるところ。

さきの絵葉書は実際に慰問に使われ、インクの跡も生々しいものが展示されていたし、防空服や型紙から起こされた洋服も復元されて飾られていた。
単なる女性向けの雑誌やファッションのことだけが中原淳一なのではなく、時代に翻弄されていたのもまた明らかなのである。

明日がどうなるかも分からない。
だからこそ、何か頼るものとして、支えとして、忘れて欲しくないものとして、中原淳一が発信し続けたこと自体が、奇跡的なことなのではなかろうか。

戦後、それいゆ、ジュニアそれいゆ、などで活躍したものの、晩年には病に苦しめられ、想いを貫徹できなかったことは残念だったろう。

結局、神保町に立ち寄る際、何度も足を運んでしまいました。
だって、ロハなので(笑)

『生誕100周年・没後30周年記念 中原淳一の生きた戦中・戦後 ~少女像にこめた夢と憧れ~』
昭和館
2013/03/16~2013/05/12

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