« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014.11.28

『幸田文展 会ってみたかった』 (世田谷文学館) を観る

何故、あっしが「幸田文、幸田文」と書き込んでいるかといえば、きっかけはこの展覧会を観に行ったことによる。

去年の今頃、たまたま招待券が当たって、場所も世田谷文学館なので行ったこともあるし、ということで、足を運んだのだ。

20141128a

しかし、幸田文の名前は、というか、漢字の並びは知っていたものの、「あや」と読むのか「ふみ」と読むのかはっきりしないという有様。『うる星やつら』のラムちゃんの声優さんは「平野文」で、こちらもどう読むのか判然としなかったけど、逆であることは何となく分かっていた。
なので、幸田文が「あや」ならば、平野文が「ふみ」であることが、あっしの脳味噌の中で確定したのである(笑)

幸田文その人については、幸田露伴の娘だか孫だかで、『小石川の家』という本と関係あることくらいしか知らず、実質的にはほとんど何も知らないに等しい状態だった。
(なお、幸田文は幸田露伴の娘。『小石川の家』は幸田文の娘である青木玉の作品であり、小石川の家とはこの三人が暮らした家(蝸牛庵)のこと)


幸田文の人生は、誕生から結婚生活まで、離婚から露伴の死まで、文筆生活の開始から亡くなるまで、と大雑把に分けることができる。

明治37年(1904年)に生まれ、平成2年(1990年)に亡くなる。
幸田文には姉の歌、弟の成豊がいたが、母が亡くなり歌は夭逝、露伴が再婚後に成豊も結核で亡くなっている。つまり、露伴には文しか残されなかったわけである。

継母との仲も芳しくなく、継母の病気もあり、尋常小学校を卒業し女子学院入学後に家事一般を露伴から学び家庭を支えていくのである。そうはいえ、露伴の家事教育は理論的かつ厳しく、その様は何度も何度も文の作品に登場する。

24歳の時に酒問屋の三男と結婚し一女(のちの青木玉)をもうけるが、家運が傾き廃業。自ら小売り酒屋を営むもうまくいかず、10年後に離婚し露伴家に戻る。

露伴没後、その思い出を綴ることで評価を受けることになるものの限界を感じ、一時断筆宣言をして、芸者置屋で女中として働くなど、自らの生き方に迷った時期もあったのだが、その後は再び作品を発表するようになり、女中の経験を生かした『流れる』で新潮文学賞、日本芸術院賞を受賞するなど、人気を博した。
また、奈良法輪寺三重塔の再建に奔走したことでも知られる。


とまぁ、簡単に書けばこんな所なのだろうけど、実際の展示物から受ける迫力というか、生き方の力強さというか、思わず後ずさりしそうな感じを受けたのだ。
あっという間に惹き込まれ、いわば一目惚れ(笑)

また、一生を着物で通した人であり、展示されていた着物もガラスケースの前でうなるほどの存在感だった。(別の場所でも自らデザインした着物も飾られていて、そちらも見事だった)

自分の興味のあることには、足を運び、話を聞き、笑い、泣き、とエネルギッシュな面も見逃せない。捕鯨船に乗り李承晩ライン近くまで行ったり、背負われてでも山を登り崩れゆく地形を見に行ったり。自然に接する目は温かく、そして本質を見逃さない。

あぁ、ノックアウト!

本当に、会ってみたかった!

20141128b

これはミュージアムショップで購入したもの。
左側の餅と和紙は別として、「KODA AYA」と書かれたものは図録で、小さいカードは「おふくわけ」と書いてあり、裏に幸田文の作品からとられた文が書かれている。

図録はあまり見ないデザインであるが、何なのかというと、
20141128c
二重構造になっており、つまり、マッチ箱を模しているのだ。
これは展示物にもあったのだけど、昔の配り物の小さなマッチ箱に文自身がいろいろな千代紙を貼ってコレクションしていたものに由来する。だから、カエデをデザインした外箱から中の図録本体をスライドして取り出す、というわけ。すると、マッチが描かれている図録が出てくるという寸法。(ちなみに茶色い部分はマッチを擦るやすり部分ね。もはや知らない人がいるかもしれないので書いておくけど(笑))


何故わざわざこれを紹介するかというと、村松友視の著書の中に『幸田文のマッチ箱』というタイトルのものがあるのだ。
(文庫は現在でも入手可能で初めに買ったんだけど、古書店で単行本も買った馬鹿はあっし)
20141128d
編集者(というよりは話し相手として)幸田文邸に訪れた村松氏は、このマッチ箱を気に入り、訪れるたびにもらってきたという。また、幸田文自身も、村松氏の期待に応える形でせっせと貼っていたらしい。
(なお、この本の表紙のデザインは竹久夢二のデザインです)


もう、何もかもが新鮮かつ強烈な引力であっしの頭をかっさらっていく感じで、展示を観終わるとふらふらだった。
だがしかし、だった。

その後の成り行きは、ここでも書いたように著作を読みあさるということになったわけ。


あぁ、まだまだ言い足りない。
けど、とりあえず一旦筆を置きます。


『幸田文展 会ってみたかった』
世田谷文学館
2013/10/05~2013/12/08

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.27

『輝ける金と銀 -琳派から加山又造まで-』 (山種美術館) を観る

20141127a

日本画には金や銀が豊富に使われている。
元々豊富に産出されることから、使う量も技法も特有のものとなってきたはずだ。

今回の特別展では、琳派特有の金箔地、対象を描く材料としての金銀、そしてそれらの使い方を各テーマごとに展示されていた。

ほとんどが山種美術館蔵なので、一度は観たことがあるか、図録などで見たことがある作品が多かったこともあり、目新しさという点ではさほどではなかった。

しかし、別のことで驚いた。

それは、材質サンプルの比較、技法の違いによる仕上がりの異なり、などが展示されていたことである。
例えば、同じ金箔であっても、純度や厚みによって見え方が違うし、箔で使うか泥にして使うかで輝き方や絵の落ち着きといったものが異なるのである。(実際には10cm前後の比較サンプルではあるが)

当たり前だけど、一枚の絵を観るだけでは使われた材料、技法のものでしか鑑賞できない。しかし、画家が何故その材料、技法を用いて描いたのかを知る手がかりが比較サンプルを用意しておくことで、より深く理解できるのだ。

また、金や銀を使う場所、つまり、背景や主題、あるいは、それらを連結するものとして、テーマを区切ることで日頃見過ごしがちな部分を再確認できるわけ。

こういうサンプルを用いた解説は、油彩画、水彩画などでも可能であろうし、手間は掛かると思うけど陶器や彫刻などの立体作品でもできなくは無い。
観る者が作者の意図を推し量る面白さも倍増するに違いない。

『輝ける金と銀 -琳派から加山又造まで-』
山種美術館
2014/09/23~2014/11/16

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.23

文庫化された幸田文の作品

というjことで、数えてみたら27冊ありました。

なお、複数の出版社から出ているものは除いてあります。

20141122b

左側の新潮文庫は、本来全部で10冊になるはずですが、4番と5番が抜けており、それぞれ、
『黒い裾』
『北愁』
になります。
この2冊は、後に講談社学芸文庫で再発売されているので、そちらで読みましたが、新潮文庫のリバイバル版で発売された『北愁』もとりあえず入手してあります(笑)

(→ もし、他にもここにに無い作品があったら教えてください!)

今後、新しく発売されるとすれば、講談社学芸文庫になると思いますが、いずれにしろ絶版となっている新潮文庫の『闘』『動物のぞき』あたりかと。

もちろん、元々単行本には収録されていない作品もたくさんありますが、それはそれで対策を打ってありますので、そのうち紹介します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.22

『動物のぞき』 (幸田文著) を読む

20141122a

動物園は何故だか哀しい。
そう思うのは自分だけだろうか。
大自然にいるはずの動物たちが、塀や網に囲われ、自らエサを獲ることも叶わず、人間の庇護の元生きていく場所、という概念が染みついているのだ。

しかし、幸田文の目を通すと、そんな動物たちにも暖かな眼差しが注がれる。
見逃してしまいそうな行動を見つけ、人間が枠にはめている動物の概念を取り外してくれる。
目から鱗を落としてくれるのである。

それでも、冒頭の「類人猿」の中ではこう書かれている。

「私の動物に対する愛情には身勝手という点にかけては相当なわがままがあって恥ずかしい」

「かわいく思うことは酷いということと、じつに紙の裏表である」

著者の心の底にも動物園という特殊な場所、あるいは、動物を飼うということに対する根本的な引け目があったと思われる。逆に言えば、そういう感情が無ければ、単なる無責任な人間と動物の主従関係があるだけなのであろう。

また、著者は「獣」を「毛もの」と定義している。つまり、全身に毛の生えている動物が毛ものであり獣なのだ。なるほど、言われるまで気がつかないでいた。我々は動物をよく観察しているようで、何も見ていないではないかと突っ込まれている気分になった。なぜなら、爬虫類は毛ものではないからだ。

動物園にいる動物は、人間の庇護の元にある。
著者は裏方の人々の話を聞いて回り、通常は立ち入ることのできない場所から動物を見る。観客として見る動物は愛らしく、あるいは、気味が悪く感じるだけであるが、それは距離や檻があるからである。裏方の人々にはそれらは無く、近くで給餌したり、部屋の清掃をしたりするのであるから、一瞬の気の緩みが起きれば自らの命に関わる場合もある。逆に、逃走を許してしまうことも無いわけではない。それでも、各々の動物と担当者の間にはそれ相応の心の繋がりというか、仲間意識が生まれてくる。そういった話を聞き、裏方の人々の動物に対する愛情に著者は涙するのである。


本書には直接関係ないが、シンガーソングライターのイルカの曲に『いつか冷たい雨が』がある。その歌詞の中には、

「人間だけが偉いだなんてことだけは思わないでください」

とある。生き物と生き物、あるいは食物連鎖の上下関係など、ヒトが最上位にいるなどと思い上がった考えは傲慢である。
けれども、動物園は知らず知らずのうちに観客自らを最上位に位置づけてしまう。動物たちは決して望んでそこにいるわけでは無いのだ、と考えることもまた傲慢なのだろうか。

動物園と動物。
この奇妙な場所に生きていることが、いいことなのか悪いことなのか、考えてみても始まらないけれど。動物たちの側から動物たちと相対してみることもまた必要なのだろう。
そのためには、人間のエゴを自覚しなければならないのだろう。


さて、本書は幸田文没後で最後に刊行された単行本(の文庫)のようだ。
ということは、あっしはこれで文庫化された幸田文の本はすべて読んだことになる。(たぶん24冊)
長かった。
思えば、幸田文を知ったのがほぼ1年前。
それから新刊書店、古書店などを回って、この本を入手したのが10月初め頃だったろうか。

幸田文については色々と語りたいことがあるのだけど、それはまた別の機会に。
(既読本についても、そのうち書くかも)


『動物のぞき』
新潮文庫
幸田文著

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.16

『手塚治虫の美女画展』 (GALLERY KAI) を観る

20141116a

吉祥寺駅から丸井の脇を通って5分も歩かないうちに井の頭公園に入る階段が見える。
その階段の手前左に、少し古風な建物が見える。
それが、今回の展示を行った GALLERY KAI

手塚治虫の美女画展、というタイトルであるが、エロ美女画である。

美女画全般であれば、先日購入した、『手塚治虫美女画集 Romanesque』なのだが、今回の展示はその中でもヌードをメインとしたもの。

20141116d

落ち着いた門をくぐって、入場料300円也を払うと、

20141116c

しおり(この日は『奇子』の奇子)とebook図書券540円がもらえた。(左は本展のフライヤー(葉書大))

さて、中庭を進むとすぐに土蔵があって、展示はその中。

20141116b

扉の外側からは撮影可なので一枚。

二人の美女が、こちらを見つめる。
おぉ!

土蔵の中は全部で17枚くらいの原画(複製も含む)がかかっており、少し薄暗い雰囲気とマッチしている。
2階に上がると、そこは奇子がメイン。
奇子の物語はココでは書かないが、暗く、木板で囲まれた中に浮かび上がる奇子の身体は、物語世界をそのまま現実に持ってきたような感じであった。

画集で見るのと、ここまでやって来て、主催者の意図通りの展示方法で観るのでは、これほどまでに違うのかという、当たり前のことを再認識した次第。


なお、今回行われたGALLERY KAIの名前には、GALLERYとKAIの間に変な文字のようなものがある。
20141116f
これは、吉祥寺の「吉」の甲骨文字なのだが、ひょっとして?と思い、受付のお姉さんに、

「このギャラリーのオーナーは白川静のファンなんでしょうか?」

と尋ねてみた。
お姉さんは分からないとおっしゃっていたので、じゃぁいいです、といって絵を見て回っていた。
でも、2階から降りて来た頃に先ほどのお姉さんが「先ほどの件、オーナーさんに確認しましたら・・・」といって、引き合わせてくれた。
どうもありがとうございました。

あっし 「これは、吉の字ですよね?」
オーナー「そうなんです」
あっし 「ひょっとして、白川静さんのファンなんでしょうか?」
オーナー「そうです。私は書や篆刻をやっているので、白川静さんの文字解釈を勉強しているんです。今までそこに気がついてくださった方はほとんどいませんでしたよ(笑)」

(後でGALLARY KAIのHPを見たら、説明が書いてあった)

なんて感じでお話させていただくことができました。
気さくなお人柄なようで、他にもKAIの本当の名前の由来なんかも教えていただきました。
本当にありがとうございました。

『手塚治虫の美女画展』
GALLERY KAI
2014/11/03-2014/11/09

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.11

先週のはなし

先週東京に出かけたところ。

1) 『手塚治虫の美女画展』 (吉祥寺 GALLERY KAI)

2) 『特別展 輝ける金と銀 -琳派から加山又造まで-』 (恵比寿 山種美術館)

3) 『こどもの発達と成長』 (弥生 東京大学医学部・医学部附属病院 健康と医学の博物館)

4) 『鋼の超絶技巧画報 髙荷義之展 / 生誕130年記念 再発見!竹久夢二の世界 【後期】ボヘミアン・夢二』 (弥生美術館 / 竹久夢二美術館)

記事化予定は未定です(汗)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.08

プレミアムうまい棒

うまい棒、というお菓子があることは知っていたが、食べたことはなかった。

先日、スーパーで「プレミアムうまい棒」という10本入りのものを売っていたので、どんなもんかと思い買ってみた。

20141108a

青いのが「モッツァレラチーズ&カマンベールチーズ味」
赤いのが「明太子味 めんたいこぱうだー使用」

というもの。

初めて食ったけど、食感としてはカールをもう少しスカスカ風の軽さにしたもの。
味はそんなに感激するほどのものじゃないけど、濃いので緑茶とか麦茶には合いそう。

1本あたり20円。
1袋10本入で200円だから、コストパフォーマンスからすれば、他のスナック菓子と比べれてとんとんか。
カロリーは記載されていないけど、たぶん他より負ける(低い)んじゃなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.03

第24回神保町ブックフェスティバル&第55回神田古本まつり

第24回神保町ブックフェスティバルは11/1~11/3であるが、初日は雨のため中止。
先日、神田古本まつりは少しだけ立ち寄ったけど、やはり雨のためじっくりと見ることができなかった。

ということで、2日の土曜日に再度神保町に行ってきた。

神保町交差点の広場
20141103b

すずらん通りをみる
20141103c


今回は、露店だけでなく、いつもは中まで入らない実店舗にも足を踏み入れてみた。
例えば、地誌、楽譜、宗教、古文書系など、あまり興味が無いところ。
そういう店にも一般書を置いていたり、あっしの興味のあるジャンルの本も混ざっていることがあるため。
実際、今後立ち寄ることがあるだろう店が何店もあった。

まぁ、逆に、カタイ文献の棚の裏にはエロエロな雑誌が並んでいたりする店も見つけてしまったが(笑)


幸い天候も晴天ではないが雨が降るほどの雲の厚みでもないので、安心して表通りとすずらん通りを2周りした。

いつも思うのだが、皆さん肩の入れ方とか、鞄のどかし方なんかがお上手で(笑)
1周目はよかったけど、2周目に入ったら、さすがに足にきた。
初日は雨のため中止になってしまったブックフェスティバルの露店は、いつも以上にお客が殺到しているような感じだった。


今回の収穫。
20141103a

細かく書くのは、今は面倒なので後に回すとして、元々こんなに買い込む予定じゃなかったのだ。
だから、あまり大きくないバックパックだけでやって来たこともあり、次々と渡される本入りの袋が重い重い。
途中で、クレヨンハウスのトートバッグを買ったんだけど、結局使うタイミングを逸したままだった。

日が暮れてきたので、離脱。
歩き回って暑くなったり、休憩して寒くなったりの繰り返しで、既に離脱時は頭が痛くなってきていた。

実家に立ち寄り、さらに我がアパートの部屋に戻るまで痛いまま。
ろくに眠れず、逆に今日の昼寝が長くなってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.11.01

10月最後の一日

昨日(10/31)は、本来別の用事で外出するする予定だったのだが、それがなくなったため急遽、というか本来したかったことに振り替えた。

その1:

神保町に出て、少し古書を見る。
25日から古書市が開かれていて、歩道沿いには各古書店の出店もあったが、ときおりポツポツと雨が降っているためシートが掛けられているところも多かった。
あまり詳しく見て歩かなかったので、あっしが必要とするものは特に無かったが、別件用(後述)に2つ見つけたので運が良かった。


その2:

幸田文さんの墓参り。

10/31が命日なので、池上本門寺にあるお墓参りにいった。午後1時過ぎ。
お花はどうかと思ったのだけど、線香を手向ける前にお墓の様子を見に行ったら、既に(多分)関係者の方々がお参りした直後らしい。父露伴、母幾美、長女歌、長男成豊方々のお墓もきれいになっており、墓石が濡れていて、線香の長さも大分残っていた。もう少し早い時間に行っていたら、鉢合わせしてしまうところだったと冷や汗。
で、花立てには花ではなく榊のようなものがさしてあり、水鉢にはその葉っぱが2枚先っぽが浸るようになっておかれていた。
一旦引き返し、花屋の人にそのことに聞いてみると、さっぱり要領を得ない。第三者が勝手なことをするのも故人やご家族に失礼なので、線香のみ手向けて手を合わせた。

露伴家および一部の幸田一族は池上本門寺の五重塔のすぐそばにある。


その3:

田村セツコ個展へ。

池袋の百貨店で行われているセツコさんの個展を見に行った。
本の表紙で見慣れたものの版画や新作の水彩、油彩、コラージュなど。
どれもこれも、かわいい。
案内の人に「先生もうすぐいらっしゃいますよ」ということだったので、少し待つ。
その間、色々と人柄や作品の説明などを話したりする。コラージュ作品でいいのがあったけど、ちょっと手が出ない値段(汗)
午後4時過ぎあたりにようやくセツコさんが現れ、先ほど手に入れた上田トシコさんの「フイチンさん」のポスターと、弥生美術館の学芸員の方が寄稿していた雑誌を手渡し、いろいろとお話。あっしが持ってきた本と、セツコさんが最近一押しの本にサインを入れていただいた。
ホント、かわいらしくて気さくな方である。
今回作品には手が出なかったけど、来年までには何とかやりくりしてどうにかなるかなぁ・・・。ならないかもしれんなぁ。

その4:

菱田春草展へ。

地下鉄竹橋駅から歩いて数分の国立近代美術館で行われている菱田春草展。
金曜日だということで、夜8時までの開場。6時過ぎに到着したのだが、券売所で長い行列。皆さん会社帰りに立ち寄っているんですね。空いていると思ったんですけど。

あっしとしては、朦朧体から変化した後の作品が面白い。朦朧体自体も空気感を表現しているんだろうけれど、輪郭線と空気遠近法と構図の妙を捉えた作品群には圧倒される。やはり同時代の画家からも賞賛されるのは頷ける。

また、展示の目玉である「黒き猫」であるが、正直、展示ガラスから作品までの距離がありすぎて(といっても多分5〜60cmくらいだろうけど)、猫のモフモフ感があまり感じられなく、ちょっとガッカリ。構図の面白さは分かるんだけど。


ということで、ちょっと歩き疲れた。
天気も心配だったが、午後は雨にも降られず、セーター姿だったあっしは少し暑いくらい。
久々に、ホント久々に充実した一日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »