『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』 (横浜美術館) を観る
すっかりごぶさたでございます。
このところ、まったく更新する気力も体力も、その他諸々が遠くに行っておりまして…。
何人かの方から「ブログが変わってないんですけど」とか「更新しないの?」とか(笑)
ということで(ってどういうことで)。
さて、かれこれ半年ほど前。
まだまだ寒さ厳しき折。
横浜にある横浜美術館で開催されていた展覧会を。

『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家』
ロバート・キャパといえば、「崩れ落ちる兵士」という写真で知られ、かくいうあっしも、それはキャパと一心同体ともいえる感じがしている。また、「ノルマンディー上陸作戦」のぶれた写真も有名であり、戦場写真家というくくりでは第一にあげられる名前がキャパであろう。
あっしがここに足を運ぶ前、実は雑誌「文藝春秋」に沢木耕太郎氏のキャパに関する考察が掲載された。
「キャパの十字架」
キャパの評伝を翻訳していたり、写真集の解説を書いていたりと、沢木氏とキャパの関係は深い。もちろん、時期的に直接の面識は無いのであるが。
「崩れ落ちる兵士」という写真は、スペイン内戦において人民戦線の兵士が頭を撃たれて将に倒れ落ちる瞬間を撮ったものとしてグラフ誌が掲載したもので、多くの人がその驚異的な瞬間をキャパの名と共に記憶することになった。
しかし、沢木氏の考察は、結論としては「演習場面でたまたま足を滑らせた兵士の瞬間をゲルダ・タローが撮ったもの」としている。もちろん、地道な証拠の積み重ねからくるものであって説得力のある内容である。沢木氏の成果だけではなく、疑問を投げかけていた数多くの先人が解明段階にあった成果も含めてである。驚くべき内容!
(なお、あっしがこの展示を観た後、NHKで沢木耕太郎ドキュメントとして放送されたので、それを見た人も多いだろう)
ということで、あっしはこれを読んだ上で、ロバート・キャパ、ゲルダ・タローという二人の戦場写真家の足跡を辿ることにしたわけ。
キャパがキャパになる前。
フリードマンという名であったとき、ゲルダ・タローの組んで架空のカメラマンであるロバート・キャパという人物を創造することで、自らの人生が開けていく。良くも悪くも。
キャパが何を語らなくても、写し込まれている人物が語り出す。
理不尽さ。不条理さ。戦争の意味の無さ。
ゲルダ・タローは最初の女性戦場写真家と呼ばれている。
四角い写真は時間を追う毎に戦争の悲惨さを露わにしていく。
なにしろ、モノクロでぐいぐいと迫ってくる写真には、既に遠い過去となっている戦争と翻弄される人間が時間を止めた状態でいる、のだ。
キャパ、タロー。
二人はいずれも戦場で死んだ。
写真家は、被写体の時間を止めたように、自分の時間も止めてしまった。
今、氾濫しているカメラで意識せずに時間を止めている我々は、そのこと自体に全く気を留めていない。
そんなことを、ちょっと考えた一日。
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